2011年5月8日日曜日

涙をぬぐって働こう

NHKのテレビを見ていたら、
女優の宮本信子さんが、この詩を 今この時だから 取り上げたいと 話しました。 
とても素晴らしい詩の朗読に、感動しました。

朗読を聞いて、本当に、今この時、書いたものではないかと思いました。
しかし実は、この詩は、三好達治が、戦争が終わった次の年の正月に作った詩です。

敗戦の焼け野原の街で立ちすくむ人たち、心くじけた人たちに、
新しい季節への希望をよびかけた詩です。
呆然自失している人たちへ、呼びかけています。

 今この時だから こそ みんなに呼びかけたい気がします。


     涙をぬぐって働こう              
                                                                               三好達治

  みんなで希望をとりもどして涙をぬぐって働こう
  忘れがたい悲しみは忘れがたいままにしておこう
  苦しい心は苦しいままに
  けれどもその心を今日は一たび寛ごう
  みんなで元気をとりもどして涙をぬぐって働こう

  最も悪い運命の台風の眼はすぎ去った
  最も悪い熱病の時はすぎ去った
  すべての悪い時は今日はもう彼方に去った
  楽しい春の日はなお地平に遠く
  冬の日は暗い谷間をうなだれて歩みつづける
  今日はまだわれらの暦は快適の季節に遠く
  小鳥の歌は氷のかげに沈黙し
  田野も霜にうら枯れて
  空にはさびしい風の声が叫んでいる

  けれどもすでに
  すべての悪い時は今日はもう彼方に去った
  かたい小さな草花のつぼみは
  地面の底のくら闇からしずかに生まれ出ようとする
  かたくとざされた死と沈黙の氷の底から
  希望は一心に働く者の呼び声にこたえて
  それは新しい帆布をかかげて
  明日の水平線にあらわれる
 
  ああその遠くからしずかに来るものを信じよう
  みんなで一心につつましく心をあつめて信じよう
  みんなで希望をとりもどして涙をぬぐって働こう
  今年のはじめのこの苦しい日を
  今年の終りのもっと良い日に置き代えよう

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